大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成8年(ネ)1056号 判決

大阪市〈以下省略〉

控訴人

右訴訟代理人弁護士

片岡利雄

東京都千代田区〈以下省略〉

被控訴人

日興證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

松並良

宮﨑乾朗

大石和夫

玉井健一郎

板東秀明

辰田昌弘

関聖

田中英行

塩田慶

河野誠司

水越尚子

下河邊由香

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、七一万五九九九円及び内金六五万〇九九九円に対する平成五年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、第二審を通じてこれを五分し、その四を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

五  この判決は主文第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、三五七万四九九九円及び内金三二五万四九九九円に対する平成元年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

4  2につき仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二主張及び証拠

原判決の事実欄第二及び第三を引用する。ただし、以下のとおり付加訂正する。

一  原判決六丁裏三行目末尾に次のとおり加える。

「右説明義務の内容は、国内ワラントの危険性に鑑み、少なくとも次の事項に及ぶべきものというべきである。

①  権利行使期間の経過により無価値となること

②  権利行使価額と株価との関係及び残存権利行使期間の長短を基礎に、価格が激しく複雑に変動すること

③  特に株価が権利行使価額を下回れば理論価格はゼロとなり、この場合にはプレミアムによって価格が形成されること(したがって期限到来前でも無価値同然となることがあり得ること)

④  上場証券ではあるが、取引所における集中的取引により公正妥当な相場形成がなされ、証券の随時売買可能性が確保されていることについて、欠けるところがあること」

二  原判決八丁裏六行目冒頭に「(1)」を、同一一行目の次に行を改めて次のとおりを、それぞれ加える。

「(2) 控訴人は、平成三年六月にコスモ証券を通じて富士通第二回ワラントを二枚購入しているが、この時は既に本件ワラントの急落を経験し、その危険性を認識していたため、数量を少なくしたものであり、このことからすれば、仮にBが本件ワラントの購入に先立ち十分説明を尽くし、控訴人がその危険性を認識していたならば、控訴人はその投資額を右富士通ワラントの程度に抑えていたはずである。したがって、少なくとも本件ワラントのうち八枚分の二六〇万三九九九円は損害となる。」

三  原判決九丁表二行目「弁護士費用」の次に「として右(1)については」を、同行「三二万円」の次に「、(2)については二六万円」を、同八行目「遅延損害金」の次に「(右(一)、(二)の各(2)については二八六万三九九九円及び内金二六〇万三九九九円に対する遅延損害金)」をそれぞれ加え、同一二丁裏七行目「本件」を「原審及び当審」と改める。

理由

一  事実関係

原判決の理由欄一、二(同一二丁裏九行目から同一八丁表一行目まで)を引用する。ただし、以下のとおり付加訂正する。

1  原判決一三丁表六行目「なくなる」の次に「こと」を加え、同七行目「第四一号証、」を「第四二号証、第四四号証、第四六号証の一・二、」と改め、同行「第四七号証」の次に「ないし第四九号証」を、同八行目「第五一号証の」の次に「一ないし」を、同行「三、」の次に「第七九号証、」をそれぞれ加え、同九行目「号証、第六」を削除し、同一〇行目「いし七、」を「いし一七」と改める。

2  原判決一三丁裏一行目「C」の前に「控訴人の姉で控訴人が経営する歯科医院に勤務していた」を、同二行目「B」の次に「(昭和六一年に被控訴人に入社、当時二五歳くらい)」を、同三行目「担当となり」の次に「、Cと」を、同六行目「おいて、」の次に「昭和○年○月○日生で、」をそれぞれ加え、同七行目「当時既に」を「昭和六二年頃から」と、同八行目「及び」を「においてCが開設していた口座を利用して一回ほどC名義で株式の取引を行い、自らもその後」と、同九行目「証券取引の」を「証券取引をした」とそれぞれ改める。

3  原判決一四丁表四行目冒頭に「右取引開始時から本件ワラントを購入した平成元年一二月七日よりも前の取引状況を見ると、控訴人は、合計六銘柄の株式の現物取引と一回の投資信託を行っているが、そのうち投資信託については、被控訴人内部でのノルマの達成を課されていたBの要望により購入したものであり、株式については、」を加え、同六行目「原告が判断した」を「してBが推奨した」と改め、同七行目「新聞」の前に「朝日」を加え、同九行目冒頭から一〇行目「により、」までを「のうち出庫した一銘柄を除き、」と、同一〇行目「平均しても二、三か月」を「長いもので約九か月、平均すると約三ヶ月余」とそれぞれ改める。

4  原判決一四丁表末行「原告より」を「原告は、」と、同行から同裏一行目「やってみたい旨の話があったが、」までを「行うための条件を尋ねてみたが、」と、同二、三行目「説明をし、これを断念してもらった。」を「説明を受けたため、信用取引をしないこととした。」と、同六行目「これ」から同八行目「銘柄であり、」を「そのうち本件ワラントの購入よりも前の取引は一〇回あり、その」と、同行「期間についても、」を「期間は、」と、同九行目「しており、」を「している。また、控訴人は、」とそれぞれ改め、同一〇行目「富士通ワラントを」の次に「二枚」を加える。

5  原判決一五丁表一行目「専門書」を「入門書(「一八八九年版 株式投資の手引」、甲四七)」と改め、同行「ワラント」の次に「の定義、ワラントがハイリスク・ハイリターンの商品であること、権利行使価格があることが記載されていたが、そ」を、同二行目「興味を持ち、」の次に「更にその内容の説明を受けようと思い、電話で、」を加え、同四行目「これによって」から同裏八行目「考え、」までを「これを契機に、」と、同九行目「本件ワラントを勧め、約定に至った。」を「本件ワラント一〇枚の購入を勧め、控訴人は、これに応じてその購入を委託し、当時の価格三二・二〇ポイントで約定に至った。なお、本件ワラント債の発行日は平成元年一一月七日、券種は一〇〇万円、付与率は一対一、権利行使価格は一三一二円、権利行使期間は平成五年一一月一〇日までと定められていた。控訴人は、その後、右約定値段に手数料及び消費税を加えた合計三二五万四九九九円を被控訴人に支払った。」と、同一一行全部を「その株価も上昇しており、本件ワラントも上昇が見込まれる旨の予想を述べた(Bがワラントについて説明をしたか否か、あるいはどのような説明をしたかという点については、後に詳しく検討する。)。」と、それぞれ改める。

6  原判決一六丁表三行目「(三)」を「(二)」と改め、同行「購入後も」の次に「平成二年二月頃までは」を加え、同四行目「その都度、」を「他の株式の取引の勧誘等を行う傍ら、」と、同一一行目冒頭から「基づき、」までを「本件ワラントは、平成元年一二月中旬の三二・九ポイントをピークとして下降し始め、激しく上下しながら平成二年一月中旬頃には二五・五ポイントまで下がり、次いで急上昇して同年二月中旬頃には三三・二ポイントまで上がったが、以後再び急下降を辿り、同年四月上旬には一三・〇ポイントまで下がっている。その間の同年二月下旬頃、控訴人は、」と、同裏一行目「伝えたところ、」から同三行目「り、」までを「伝え、時価付近で指値で売却するかどうかを控訴人に尋ねたところ、控訴人がそうするように指示したため、」とそれぞれ改め、同八行目冒頭から同一〇行目末尾までを削除し、同一一行目「(五)」を「(三)」と改める。

7  原判決一七丁表三行目冒頭から五行目末尾までを削除し、同六行目「(六)」を「(四)」と、同裏二行目「(七)」を「(五)」とそれぞれ改め、同一八丁表一行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「(六) 本件ワラント購入後平成五年末までの間に、控訴人が、被控訴人及びコスモ証券との間でした買取引の約定日付は、次のとおりである。

(1)  被控訴人との間の買取引

平成二年一月四日、八月七日、九月七日、一三日、一七日、一〇月二九日、平成三年五月一〇日、平成四年九月三日、八日、一六日、平成五年四月一六日、五月六日、一一日、六月二五日、七月二日、一五日、二七日。

(2)  コスモ証券との買取引

平成元年一二月二二日、平成二年一月二六日、五月八日、一〇日、六月五日、二二日、平成三年四月二四日、六月一九日(富士通ワラント)、二八日、九月二六日、二七日、一〇月一八日、一二月五日、平成五年は八月から一二月まで毎月一ないし五回。

なお、この間に、Bは、平成四年二月に被控訴人の福岡支店に転勤している。また、控訴人は、平成五年一二月三日に本訴を提起している。

(七) 控訴人は、原審において、平成二年八月に本件ワラントを売却しなかった(前記(四))のは、同年二月下旬頃、売ろうとしたが売れなかった(前記(二))時、Bから、単に売れなかった、というだけで、その仕組みについて説明してもらえず、納得がいかなかったところからBに対する信頼が崩れていた、そこで、売ろうと思ったときに売れるわけでもないし、値が下がったままで売るのでは納得できないから、自分としては、これはもう持っておこうと思ったからである、なお、それと同時期にも被控訴人との間で買取引をしているけれども、それは、自分の判断で買った同年八月七日の分は別として、平成三年五月一〇日の分も含め、自分としてはやる気はなかったけれども、しつこく勧誘されたからである、その結果、コスモ証券との取引も変わった(しばらくは取引をする気になれなかったという趣旨と思われる。)、旨供述している。」

二  違法性判断の一般的基準

原判決理由欄三の1(同一八丁表三行目から同一九丁裏九行目まで)を引用する。

三  適合性原則違反について

原判決理由欄三の2(同一九丁裏一〇行目から同二一丁表三行目まで)を引用する。ただし、原判決二〇丁裏二行目「値動きの激しいものばかりであり、」を削除し、同六、七行目「専門書」を「取引の入門書」と、同七行目「ワラントの」から同八行目「しており、」までを「、」とそれぞれ改め、同八行目「少なくとも、」の次に「ワラントが」を加え、同九行目「の理解は十分あった」を「右書籍に記載されている程度のことについては知識を有していた」と改める。

四  説明義務違反について

1  説明義務違反の有無についての一般的判断基準について

原判決二一丁表五行目「前記のとおり」から同一〇行目末尾までを引用する。

そこで、以下に具体的に検討する。

2  ワラントの特質及び危険性

(一)  ワラントとは、新株引受権付社債(ワラント債)のうちの新株引受権ないしこれを表象する証券のことであり、予め定められた権利行使期間内に、予め定められた権利行使価額を払い込んで、予め定められた一定株数の新株を購入する権利を意味する。

(二)  ワラント債発行の際には、社債としての属性に基づきその発行価額、利率、期間、券種(五〇万円、一〇〇万円の二種類のうちいずれか)等が定められるとともに、新株引受権に関し、付与率(新株引受権行使により社債額面の何割の株式を取得することができるかというその割合、通常は一対一である。)、権利行使価額、権利行使期間等が定められる。権利行使価額は、条件決定日当日の株価終値を基準としてその二・五パーセント程度上に決められる。ワラントの値段は、社債額面一〇〇円当たりのポイント数で表示される。

(三)  ワラントの価格を基本的に構成するのはパリティ(理論価格)である。当該銘柄の実勢株価が権利行使価額を上回る場合を想定すると、ワラントによる権利行使をして当該銘柄を取得するには権利行使価額を払い込めばよく、ワラントを有していない者が同数の銘柄を取得するときと比較して、その実勢価格と権利行使価額との差額分だけ安く同数の銘柄を取得することができることとなるから、ワラントの価値は右時価と権利行使価額との差額部分であるということになる。逆に、当該銘柄の実勢株価が権利行使価額を下回っている場合には、ワラントの価値はマイナスとなる。かようにワラントの理論的価格(パリティ)は、実勢株価と権利行使価額との差額を基に決定され、実勢株価の変動に応じて変動するが、ワラントの場合、その投資金額が実勢株価に比して小さいため、実勢株価の変動に伴うワラントの価格の変動率は、実勢株価の変動率の数倍に達する。

(四)  しかし、ワラントの実際の市場価格は、右パリティのみならずこれに付加されるプレミアムにより形成される。プレミアムは、実勢株価の値上がりによるパリティの大幅な値上がりに対する期待、銘柄に対する人気、需要と供給の差、時間的価値等の要因により大きく変動し、実勢株価が権利行使価額を下回っているような場合には、必ずしも実勢株価の変動に連動しない。

(五)  しかも、ワラントには権利行使期間が存在するから、その期間を経過すればワラントは無価値となるのみならず、期間経過前においても、実勢株価が権利行使価額を下回り、これを上回ることの期待がなくなった場合には急速にその価格は下落し、実質的には無価値となる危険性も大きい。

(六)  かように、ワラントの仕組みそのものが技術的でわかりにくく、また、ワラントの価格は、実勢株価に連動する側面と、これとは別の要因により変動する側面とが混在し、その価格変動の予測は極めて困難であり、かつ、その変動幅が株価に比べて格段に大きいうえ、権利行使期間の経過による価値の喪失のみならず、その相当前の段階においても下降し、実質的には無価値となる可能性のある、極めて危険性の大きな商品であるということができる。

3  控訴人の主観的事情

被控訴人は、控訴人の年齢、学歴、職業、株式取引の経験、株式取引の傾向などからして相応の理解力を有しているうえ、証券取引の研究にも熱心で、テレビ、新聞、専門書などによりワラントの基本的性格については理解していたと主張する。

確かに、控訴人の年齢、学歴、職業や原審供述内容に照らせば、控訴人は相当程度の一般的理解力を有していることが認められるが、そのことと前記ワラントの仕組み、具体的危険性についての理解があったこととは別問題である。また、控訴人の株式取引の経験は、本件ワラント購入時点においてはこれを開始して二、三年程度であり、それまでに取り引きした銘柄はせいぜい二〇銘柄程度であるうえ、被控訴人との取引によるものについては、銘柄の選択はBの推奨によるものであり、信用取引を行っていたものでもない。その株式取引の態様において投機的傾向があったといっても、前記認定の程度ではそれほど顕著なものとまではいいがたい。控訴人は、日経新聞等の証券取引に関する情報が豊富な新聞を定期購読していたものではないし、同人の情報源は主としてテレビの証券番組の程度である(控訴人原審供述)。そして、被控訴人の主張する専門書なるものは前掲甲第四七号証であるが、これはむしろ入門書の類であって、これに記載してあるワラントの説明内容は、ワラントとは新株引受権付社債のうちの新株引受権のことであること、それがハイリスク・ハイリターンの商品であること、権利行使価額があることを極めて抽象的に述べているものに過ぎず、これを読んでいたからといって、それだけで前記ワラントの複雑な仕組みや危険性を具体的に理解することは到底困難であるというべきである。なお、被控訴人は、控訴人が本件ワラント購入時点において権利行使期間を経過すれば本件ワラントが無価値になることを理解していたと原審において供述しているとも指摘しているが、右部分(原審記録七四四丁裏)は、被控訴人代理人による誤導尋問によるものであることは前後の供述から明らかである。以上によれば、控訴人が、証券取引に熟達し、豊富な経験や知識を有しており、また、ワラントの基本的性格について理解していた者であると見ることはできないものというべきである。

4  説明義務の内容

以上に述べた事情からするならば、Bは、控訴人に対し、少なくとも、ワラントの仕組み、その危険性、特に、ワラントの値動きの幅が大きく、かつ、株価の変動に連動することもあるし、これに連動しないこともあり、その予測は相当難しいものであること、権利行使期間を経過すればワラントの価値はゼロとなるのみならず、権利行使期間内においても株価が権利行使価額を上回る期待がなくなれば、ワラントの価格は極端に下落するものであり、早期に対策を講じなければ大きな損失を被る可能性があることを十分に説明し、理解させておく必要があったものというべきである。

5  本件におけるBの説明内容と控訴人の理解の程度について

(一)  控訴人が前記甲四七号証を読んでワラントに興味を持ち、平成元年一二月初旬頃電話でBにワラントについての質問をしたことは前記認定のとおりであるから、これに対しBが何らかの説明をしたことはまず間違いがないはずである。問題はその内容とこれによる控訴人の理解の程度である。

(二)  原審証人Bは、主尋問において、右電話による問い合わせに対し、①ワラントは一定の期間に一定の株数を一定の価格で取得できる権利であること、②ワラントの価格は株式に連動して、株式よりもかなり激しい値動きをすること、③権利行使期間を過ぎるとワラントは無価値となることなど、ワラントがハイリスク・ハイリターンであることを(②については具体的数字を挙げて)説明したうえ、同月七日に、控訴人に電話をし、④本件ワラントの権利行使価額、当時の株価、本件ワラントの値段、⑤株価と権利行使価額との差額が本件ワラントの価値であること、⑥権利行使期間がまだ四年あるから値上がりの期待もあること及び前記③と同内容の事項等を説明し、控訴人は十分理解したと証言し、更に、反対尋問においては、⑦転売を念頭に置いて説明した、⑧理論価格とプレミアムがあるから現在三二ポイントぐらいであることや⑨権利行使する場合には株価が権利行使価額とワラントのコスト分を上回らないと利益がでないことなどを説明し、⑩株価が権利行使価額を下回った場合についても説明はしたが、具体的数値を挙げて説明はしていない、⑪権利行使期限の一年くらい前になると値段がほとんど付かなくなることも説明した、と証言している。

(三)  他方、この点について、控訴人は、原審において、本件約定までに電話で二回話したかどうかは記憶が明瞭ではない、としつつ、次のとおり供述している。すなわち、甲第四七号証を読んだだけではワラントの内容、仕組みがわからなかったので、証券会社の人ならよく知っているだろうと思って聞いたのだが、Bは、ワラントについては余り知っておらず、具体的にどういうものかについて詳しい説明は受けていない、そして、ちょうど日本精工ワラントが出たところだということで、Bから、業績もよいから、と、その購入の勧誘を受けることになり、当時はBを信用していたところから、その内容、仕組みもわからないままに、本件ワラントを購入することになった、しかし、Bは、権利行使期限が近くなればなるほどその価値がなくなる、という説明は一切していない、なお、平成二年五月に送られてきた説明書を読んで、危険なものであることは漠然とはわかったが、確定的に価値がゼロになると知ったのは、週刊新潮の平成三年一〇月三日号の「紙屑となるワラント」という記事(甲第二八号証)を読んだ時である、というのである。

(四)  ところで、Bの前記(二)の証言には、それ自体に、次に述べるような疑問がある。

(1) そもそも、先に説示したとおり、ワラントの仕組みは複雑であり、前記①ないし⑪のような内容はそうたやすく短時間に理解しやすく説明のできるようなものではない。Bは一回目の電話は一〇分ぐらい、二回目の電話は一五ないし二〇分ぐらいかかったと証言しているが、控訴人は二、三分、せいぜい五分くらいであると供述しており、いずれも多くの顧客を相手とするB及び控訴人の仕事の内容からすれば、右電話での会話がBの右証言のように長いものであったとは信じがたいことであるところ、そのような短時間で、しかも面談することなく電話によるのみで、少なくとも、甲第四七号証を読んだという程度の予備知識しかない控訴人にこれを理解させるところまで前記のごとき内容について説明をすることは、まず不可能であると考えられる。

(2) また、Bの説明内容についての証言は、反対尋問において細かく質問されるにつれ専門的で詳しくなっていること、その証言時期(平成七年九月二〇日)が本件ワラントの購入時期から既に六年弱も経過しているのに、他の事項についての証言に比較して明確なものとなっていること、前記(二)⑦のごとく転売を念頭に置いて説明したというのに、同⑨のごとく権利行使をして利益を取得できる場合についての詳しい説明をしたというように不自然な点もあることからすれば、同人は、記憶している事実を証言したというよりも、むしろその後のワラントについての自らの研究と業務上の経験を通じて理解したことに基づくその時点における知見を、あたかもその時説明したかのように述べたに過ぎないのではないかと疑われるところである。

(五)  他方、控訴人の前記の供述は、歯切れは悪いけれども、それなりに筋が通っており、前記の認定にあらわれた控訴人の行動・態度に矛盾しないところから、納得しうるものである。すなわち、

(1) 仮に、控訴人が、Bの説明により、本件ワラントの危険性を十分に理解していたものであったとしたならば、本件ワラントを購入した後にその価格が急落したことを経験した平成二年二月に、一旦は危険性を感じて指値で売却を指示したのであるから、その売買が成立しなかったからといって、その後は成行注文すらしないでこれを保有することにしたというような行動をとるはずがない。そして、控訴人の右行動は、控訴人の右(三)の供述にあらわれたとおりの状況のもとに、控訴人が本件ワラントの危険性を具体的に認識していなかったとすれば、それなりに納得しうるものである。

(2) また、前記二6(六)の認定事実によれば、控訴人の被控訴人及びコスモ証券との間の買取引は、被控訴人との間では、本件ワラント購入後、特定のいくつかを除いて、Bの転勤の約六か月後までの期間は途絶えているのに、コスモ証券との間では、平成二年夏から同三年春までの間途絶えているほかは、継続して行われている。そして、その間の事情が、同(七)の控訴人の供述にあらわれているとおりであるとすれば、その間の控訴人の心情に照らし、同(六)の買取引の変遷は、ごく自然のものとして理解しうるところである。

これらの点を併せて考えれば、控訴人の右(三)の供述は、信用するに足りるものといえる。

(六)  以上によれば、Bの前記証言は信用しがたく、控訴人の原審供述からして、Bは、控訴人の問い合わせに対してある程度の説明はしたであろうけれども、控訴人をして、その危険性、特に権利行使期間を経過すればワラントの価値はゼロになること、同期間内においても株価が権利行使価額を上回る期待がなくなればその価格は極端に下落するものであること、を具体的に認識させ、適切な判断をするに足りるだけの充分な説明をしていたとは、到底認めがたいところである。

五  損害額、過失相殺等

1  そうすると、控訴人は、Bの右説明義務違反による本件ワラントの購入勧誘により、本件ワラントを購入し、権利行使期間を経過することによりその購入に際して支出した三二五万四九九九円の損害を被ったというべきであるから、右損害につき不法行為が成立するものというべきであり、Bの右行為は被控訴人の事業の執行に付き行われたものであるから、被控訴人は使用者責任を免れないものというべきである。

2  しかし、前記認定のとおり、控訴人は、もともと自ら入門書を読みワラント取引に興味を抱いてその内容について問い合わせるという積極的な行動をとっており、右入門書にはワラントがハイリスク・ハイリターンの商品であることが記載されていたのであるから、その学歴、職業に鑑みれば、Bの説明が不十分であったにしても、自らワラントの仕組みや危険性の具体的内容等について研究しようと思えばこれが可能であったと考えられること、平成二年五月には説明書の送付を受け、これにより漠然とではあるにせよ権利行使期間が経過すればワラントは無価値となるという危険性を認識していたものであること、同年八月にはBから本件ワラントの売却を提言されながらこれを拒んでいることなど、本件ワラントの購入による損害の発生や購入後の損害の拡大について、控訴人にも相当大きな過失があるというべきであり、これを過失相殺すべきであるところ、右に述べた事情のほか記録に現れた諸般の事情を総合考慮すれば、その過失相殺割合は八割とするのが相当である。

3  そうすると、前記1の損害額から右過失相殺分を控除した残額は六五万〇九九九円となるところ、弁護士費用としては六万五〇〇〇円が相当であるから、その合計七一万五九九九円及び内金六五万〇九九九円に対する損害発生が確定した権利行使期間経過の日である平成五年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で控訴人の請求は理由がある(控訴人は弁護士費用については遅延損害金の支払を求めていない。)。

よって、控訴人の請求は一部理由があるから、原判決を取り消して右限度でこれを認容することとし、民訴法九六条、八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川正孝 裁判官 塩川茂 裁判長裁判官富澤達は退官につき署名押印をすることができない。裁判官 古川正孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例